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補完性の原則

お久しぶりです。
岐阜新聞サンデーコラムに掲載された文章です。
新聞では多少カットされていますが、以下、カット前の文章です。

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「補完性の原則」とは何か

 皆さんは補完性の原則をご存知だろうか。行政の方ならきっとどこかで一度は聞いているはずだ。この原理、例えば岐阜県の総合計画や愛知県の市町村合併推進要綱、さらには第27次地方制度調査会の答申やEUの自治憲章などにも明記されている、自治についての基本的原則である。
 しかし、なぜか本当の意味を知っている人は少なく、この原則が守られた形跡は皆無に近い。特に官依存性が著しく強い岐阜県においては完全なるお題目と化している。私は数年前からことあるごとにお話しているが、あまりご理解いただけないようだ。
 私のうちでは鶏を飼っている(正確には、飼っていた。昨秋野犬にやられてしまった。)。鶏を飼っていると、生ゴミを食べてくれるので行政のお世話になることは無い。しかし、集合住宅に住んでいたり、近くに生ゴミを処理する農地をお持ちで無い方は、ゴミ袋に入れて行政に処理をお願いすることとなる。もしかしたら、地域のコミュニティーで堆肥化しているところもあろう。これが、補完性の原則が守られている数少ないの事例である。
 個人や家族で処理できないところを地域コミュニティーが、地域コミュニティーで処理出来ない部分を初めて行政が処理する。要するに、より上位の組織が下位の組織を補完するという原則である。加えて、下位の組織が出来ることを上位組織が手を出してはならないこともこの原則に含まれる。
 翻って日本社会を鳥瞰すると、アメリカの出来ないところを日本が、国に出来ないところを県が、県に出来ないところを市町村が、そして市町村行政にも出来ない部分を地域コミュニティーやNPOが補完する構造であることが分かる。これを私は、「逆補完性の原則」と呼んでいる。そしてこれが財政破綻の元凶なのだ。
 さて、皆さんはどちらの原則を選択するか、そこが問題である。これまでのように、「お上」に従順に従うことのみを是とするか。あるいは、自ら地域の問題解決の主体となり、地域内では解決不可能な問題のみ、より大きな地域や行政が補完する社会を選択するかということだ。
 最早一刻も早く逆補完性即ち強すぎる中央集権から脱皮し、地域の歴史や自然資源を生かした地域独自のまちづくりをしなければならない。と、私は常々考えている
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プロフィール

チェゲバ

Author:チェゲバ
駒宮博男
1954年横浜生まれ。東京大学中退。幼少よりゲーデル等、数学基礎論について父に聞かされて育つ。学生時代は年に百二十日以上山中で過ごし、登山の海外遠征は十回以上。
高山研究所を経て、㈱ヘルス・プログラミング設立。仕事の傍ら、意味論、認識論について本格的に研究開始。その後、NPO活動を開始。現在、NPO法人地球の未来、地域再生機構理事長、ぎふNPOセンター理事長代行、地域の未来・志援センター副理事長その他。名城大学大学院経営学研究科客員教授。『地域をデザインする』(新評論)他。

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